努力は報われる?
血糖値をコントロールすることで、網膜症、腎症、神経障害といった糖尿病の合併症の発症や進行を抑制できることが知られていますが、そのことを証明したのはUKPDS(UK Prospective Diabetes Study)というイギリスで行われた有名な臨床試験です。
この試験では新たに2型糖尿病と診断された患者さんを対象に、従来の治療を行うグループ(従来療法群)とより厳格な血糖コントロールを行うグループ(強化療法群)の2つのグループに分け、より厳格な血糖コントロールの有効性・安全性を検証しました。
試験は約10年間継続されましたが、その間各グループの平均血糖は、従来療法群でHbA1c 7.9%、強化療法群でHbA1c 7.0%でした。その結果、強化療法群では網膜症、腎症、神経障害の発症・進展がいずれも抑制され、細小血管合併症全体で25%の減少が認められたことから、「より良い血糖コントロールが合併症の発症・進展を予防する」ということが明らかとなりました。現在わが国において、合併症予防のための血糖コントロール目標としてHbA1c 7%未満が推奨されているのも、本試験の結果がひとつの根拠となっています。
さらにこの試験では試験終了後も、患者さんの追跡調査を行いました。この試験によって強化療法の有効性が明らかになったので、試験終了後はすべての患者に強化療法が勧められ、実際血糖値のコントロールはすべての患者で改善しました。それでも、もともとより早くからしっかり血糖コントロールを行っていた強化療法群の患者さんは、試験終了後さらに10年が経過した時点でも、合併症の発症・進展リスクは従来療法群の患者さんに比べて低いままでした。同様の結果は、1型糖尿病患者さんを対象としたDCCT(Diabetes Control and Complications Trial)という試験においても報告されています。
このことは、より早期からの血糖コントロールは、その後時間が経っても臓器や血管に記憶され続けるという意味で「Metabolic memory(代謝の記憶)」あるいは「Legacy effect(遺産効果)」と呼ばれています。
この言葉は我々医療従事者にとって、そして患者さんにとっても、とても重要な言葉なのですが、一般の方にとっては、「Metabolic memory」や「Legacy effect」といわれてもピンと来ないという方もいるかもしれません。患者さんにとっては、この試験の結果は「より早くから頑張ってしっかり血糖値をコントロールした努力は、合併症の予防という効果として後々まで身体に残って報われるんだ」ということです。そう考えるとこのことは患者さんの視点からは「Effort memory(努力の記憶)」と呼ぶべきかもしれません。どうです、「Effort memory」。今度はピンと来ますか?
現在皆さまが行っている血糖値をコントロールするためのさまざまな努力は、合併症の抑制という形で後々まで記憶され、決して無駄にはならないということを忘れないで頂きたいと思います。
院長 税所