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糖尿病内科について

目次

私が糖尿病内科を志した理由

私は2021年現在、医師となって24年目となる内科医です。私が医師となった当時は、医学部卒業後2年間複数の診療科をスーパーローテートする現在の臨床研修制度と異なり、卒業と同時に内科、外科、小児科、整形外科といった自分の専門科を決めて臨床研修を行っていました。私は両祖父が内科の開業医をしていましたので、医者=開業医というイメージもあり、また赤ひげ先生のような医師に惹かれるところがありましたので、内科医となることを選びました。

無事国家試験に合格し内科医としてのスタートを切り、医師としてはじめの4年間は大学病院および大学の関連施設である地域の基幹病院で内科全般の研修を行いました。そして医師5年目となる際に内科の中のさらに専門とする分野(サブスペシャリティー)を決めることになっていました。

サブスペシャリティーには、循環器内科、呼吸器内科、消化器内科、神経内科、血液内科、リウマチ・膠原病内科、腎臓内科そして内分泌代謝・糖尿病内科などがあり、そこでの選択も自分の内科医としての一生を左右すると言っても過言ではありませんので、自分がどの専門を目指すか皆悩みます。もちろん自分が一番興味のある、やりがいのある分野を選ぶのがよい訳ですが、まだ医師のひよっこの段階でその後何十年も興味を持ち続けられるか判断するのはそれほど簡単ではありません。

私も4年間の研修医の間には、将来自分がどの分野を専門にしたらよいかを見極めるため、できるだけ多くの科の診療に関わり、自分がどういうものに一番やりがいを感じるかを考えていました。そしてその結果、選んだのが「糖尿病内科医」でした。

ところがその当時、糖尿病を専門としようとする医師は多くはありませんでした。当時は糖尿病に対する薬も少なく、治療も食事・運動療法が中心で、あまり医師として華々しく活躍できないというのが、大体の理由でした。その一方でいわゆる花形と言われたのは循環器内科や消化器内科でした。

確かに循環器内科は狭心症や心筋梗塞を起こして救急車で運ばれてきた患者をその場でカテーテル治療を行うことで生命を救うことができます。また消化器内科では胃や腸にできたポリープや癌を診断し、内視鏡治療で治癒することができます。

一方、糖尿病というのは症状もなく、目に見えるのは血糖値という数値のみです。治療の目標は「合併症を予防する」ことですので、患者さんは「病気が治った」「痛みが消えた」という治療の効果を実感することが難しいことになります。「何も起こらなかったことがいいことだ」ということを実感することは難しいのです。そういう意味で、糖尿病内科医というのは、患者さんに「これは食べてはいけない。あれもダメ」「もっと歩きなさい」などと叱言を言うばかりというイメージで、当時は医師としてのやりがいを感じにくかったのかもしれません。

しかし私は心筋梗塞を起こしたり、アルコール性の急性膵炎を起こした患者さんたちを診療しながら、「こうなる前にもう少し何かできなかったのかな」という思いを常に感じていました。患者さんにとって最も幸せなことは、「病気にならない」ことです。もちろん人は誰でも病気になり、そしていつかは死が訪れます。しかしもし予防可能な病気を一つでも予防できればその人の人生はより幸せになるはずです。また、治療は一人一人の患者さんにしか行えませんが、予防は、その方法を伝えることができれば一度に多くの人の病気を予防することが可能です。そういう意味で、近年の食生活の変化で急増している「生活習慣病」の代表である糖尿病はまさに予防が重要であり、またそれが可能な病気です。そんな糖尿病内科医が私にとってはとてもやりがいのある分野に思えたのです。

そして糖尿病内科医を志してから18年。糖尿病内科医を選んだことを後悔するどころか、ますますやりがいを感じています。この間、糖尿病に対する多くの薬が開発され、糖尿病患者さんの治療も大きく進歩しました。しかしながら、糖尿病患者さんの数は世界中で増え続けており、「糖尿病の予防」は未だに解決できない世界的な大問題です。「なぜ解決できないのか」、その問題を考え続けた結果、私は一つの結論に達しました。それは糖尿病の予防や治療にとって最も重要な「生活習慣の修正」は、「自分と向き合う」必要があり、「生活習慣の修正」が難しいのは「自分と向き合う」ことが難しいからということです。近年の経済至上、大量消費、情報化社会は、個人が「自分と向き合う」ことを困難にしています。その中で、糖尿病を通して「自分と向き合う」ことはストレス・不安が蔓延した現代社会において人が人として幸せに生きるヒントにもつながると考えています。一糖尿病内科医として、糖尿病患者さんもそうでない人も、すべての人にとって糖尿病を正しく理解してもらうことで、一人でも多くの方に健康で幸せな人生を送ってもらいたいと願っています。

糖尿病とは?:糖尿病の定義

糖尿病とは、「尿に糖が出る病気」と書きますので、「尿に糖が出たら糖尿病」と思われている人も少なくないと思います。しかし、実際には糖尿病は血液中のブドウ糖(血糖)が上昇することで尿に糖が出てきます。まれに、血糖が高くなくても尿に糖が出る体質の人がいますが、その場合にはいわゆる糖尿病ではなく「腎性糖尿病」と呼ばれます。したがって、糖尿病の診断は必ず血糖値を測定して行います。

糖尿病の診断には、空腹時の血糖値や75gブドウ糖負荷試験(OGTT)2時間の値を測定します。空腹時とは10時間以上絶食にした状態の血糖値で、通常夜9時以降食事をしないで翌朝に測定します。75gOGTTというのは糖尿病の診断に使われる検査で、75gのブドウ糖の入った甘いサイダーを飲んで、2時間後の血糖値を測定します。正常では空腹時血糖値が110 mg/dl未満、75gOGTT 2時間後の血糖値は140 mg/dl未満であり、空腹時血糖値が126 mg/dl以上、75gOGTT 2時間後血糖値200 mg/dl以上だと糖尿病型と診断されます。血糖値が正常値を超えているが糖尿病型までには至っていない場合、「境界型」と診断されます。いわゆる「糖尿病予備群」です。また、特に空腹の状態ではない時間に測定した血糖値を「随時血糖」と呼び、随時血糖値200 mg/dl以上も糖尿病の診断基準となります。

また、近年では血糖値に加えてグリコヘモグロビンあるいはヘモグロビンA1c(エーワンシー)(HbA1c)という指標も糖尿病の診断に用いられます。HbA1cは赤血球のヘモグロビンに糖が結合(糖化)したもので、最近1~2か月の血糖値の平均を反映し、血糖値が高ければHbA1cの値も高くなります。HbA1cは正常(基準値)が4.6~6.2%で、6.5%以上が糖尿病の診断基準となります。

これら空腹時血糖値、75gOGTT 2時間血糖値、随時血糖値およびHbA1cの値の組み合わせにより糖尿病の診断を行います。

なぜ血糖値が高くなるの?:インスリン作用不足の病態

それではなぜ血糖値が上昇するのでしょうか。

それにはインスリンというホルモンが関わっています。

「インスリン」というと糖尿病の治療で使う注射の薬を思い浮かべる人も多いと思います。注射が好きという人は少ないですから、「インスリン」という言葉にあまりいい印象を持たれていないのではないでしょうか。

インスリンは、もともと体の中に存在するホルモンです。インスリンは膵臓の中に存在するベータ(β)細胞から血液中に分泌され、血糖値を下げます。体内には血糖値を上げるホルモンは、成長ホルモン、副腎ホルモン、甲状腺ホルモン、カテコラミン、グルカゴンなど多くのホルモンが存在します。一方で、血糖値を下げるホルモンは、インスリンが唯一のホルモンです。したがって、インスリンの働きが悪くなると、血糖値が下がらなくなり、結果として血糖値が上昇します。

画像:イラストACより

それではインスリンはどうやって血糖値を下げているのでしょうか。

われわれが食事をとると、炭水化物が分解されてブドウ糖として腸から吸収され、血糖値が上がります。それに対して膵臓から直ちにインスリンが分泌されるため血糖値は上がり続けることなく、健常者では血糖値は80~120 mg/dlという狭い範囲内から超えないように調節されています。ただしこの時、インスリンは血糖を分解して消してしまったりすることで血糖値を下げているのではありません。

インスリンは血糖(血液中のブドウ糖)を必要とする臓器に送り込むことで血糖値を下げています。インスリンによってブドウ糖が取り込まれる代表的な臓器は「筋肉」と「脂肪」です。ブドウ糖は筋肉ではエネルギー源として使われ、脂肪では余ったエネルギーとして貯蔵されます。また「肝臓」は空腹時にはブドウ糖を産生し、血液に送り出していますが、インスリンは肝臓からの糖産生を抑制します。インスリンは、このように体内で糖の代謝に関わる「筋肉」「脂肪」「肝臓」という3つの主要な臓器に作用し、血液中のブドウ糖を必要な臓器に送ることで血糖値を下げているのです。

したがって、糖尿病とは、インスリンの作用が不足することによる、慢性の高血糖状態ということになります。

インスリン作用が不足するわけ

それではなぜインスリン作用は不足するのでしょうか。

インスリンの作用が不足する原因としては、膵臓のβ細胞からのインスリン分泌が低下してしまう「インスリン分泌不全」と、筋肉、肝臓、脂肪といったインスリンが作用する臓器において、インスリンへの反応が悪くなってしまう「インスリン抵抗性」があります。

一般に、インスリン分泌不全は遺伝(体質)の要素が大きく、インスリン抵抗性は環境の要素が大きいことが知られています。つまり生活習慣が関わるのは主にインスリン抵抗性であり、過食、肥満、運動不足などはインスリン抵抗性の原因となります。

例えば過食によって体の脂肪(特に内臓脂肪)が増えると、脂肪を蓄えている脂肪細胞もそれ以上脂肪を取り込めなくなり、「もうお腹いっぱい」というシグナルを出してインスリンが来てもブドウ糖を取り込まなくなります。まさに脂肪細胞がインスリンの指令に「抵抗」しているわけです。

また、筋肉も年齢とともに徐々に減っていきますが、運動不足によってさらに減ってしまうと、筋肉でのエネルギー源であるブドウ糖の消費が減ります。つまり筋肉にブドウ糖を取り込んでも使いみちがないことになってしまい、これもインスリンの指令があっても筋肉がブドウ糖を取り込まなくなる、「インスリン抵抗性」につながります。

したがって、余分な脂肪を減らして適正な体重を保つこと、そして適度な運動を行い筋肉を維持することは、インスリン抵抗性を減らし、インスリンの働きを高めることにつながります。このように考えれば、なぜ糖尿病の治療において食事療法・運動療法が重要であるのか、その理由がお分かりいただけるかと思います。

また、糖尿病治療において、食事療法と運動療法は「車の両輪」と言われ、どちらか一方ではなく、両者をバランスよく組み合わせることが重要ですが、「(内臓)脂肪を減らすこと」と「筋肉を増やす(維持する)」ことの両方が重要であることを考えれば、その理由もお分かりいただけると思います。

糖尿病はすべて同じ?:成因分類

血糖値、HbA1cより糖尿病と診断された場合には、次にその原因(成因)を考えることになります。

糖尿病の原因(成因)は大きく以下の4つに分類されています。

1型糖尿病

主に自己免疫によってβ細胞が破壊されてしまうことでインスリン分泌が低下し発症します。通常インスリンによる治療が必要となります。

2型糖尿病

いわゆる「生活習慣病」としての糖尿病で、大部分の糖尿病患者さんは2型糖尿病に分類されます。

その他の糖尿病

強い遺伝による糖尿病、肝臓や膵臓の病気による糖尿病、薬剤(副腎皮質ステロイドなど)の影響による糖尿病、他のホルモン異常による糖尿病などがあります。

妊娠糖尿病

妊娠中に初めて発見または発症した、糖尿病に至っていない糖代謝異常です。妊娠糖尿病と診断された方は、将来糖尿病を発症するリスクが高いといわれており、出産後も定期的なフォローアップが必要です。

当院では妊婦さんが安心・安全に出産を迎えられるよう、産科と連携して妊娠糖尿病妊婦さんの妊娠中、出産後の診療も行っています。

糖尿病の症状

高血糖による症状としては、口の中やのどが乾く(口渇)、水をがぶがぶ飲むようになる(多飲)、トイレが頻回になる(多尿)、体重が減る(体重減少)があります。ただし、これらの症状はかなり高血糖が悪化するまでは通常認めず、大部分の糖尿病患者さんは症状を自覚することがありません。健診などで血糖値やHbA1cを測定し、高血糖を指摘されてはじめて気付くことが多く、定期的に健診を受けることが重要です。また、糖尿病や耐糖能異常(糖尿病予備群)と診断された場合には、血糖コントロールが悪化しても自覚症状として感じることは少ないため、通院を継続しご自身の血糖値を定期的に確認することが重要です。

 

なぜ糖尿病は治療する必要があるのか

糖尿病の治療の目的は、合併症の発症を抑えて健康な人と同様の寿命そして生活の質(QOL)を達成することです。そのために血糖値を良好な状態にコントロールする必要があるのです。

糖尿病の合併症には、昏睡を伴い直ちに治療を要するような急性の合併症と、何年もかけてゆっくりと発症、進行していく慢性の合併症があります。多くの糖尿病患者さんは、糖尿病そのものによる症状を自覚することはなく、健診やたまたま行った採血などで血糖値の高値を指摘され診断されます。

糖尿病による症状がないために、放置したり、治療を中断したりしてしまうと、気付かないうちに血糖コントロールが悪化し慢性の合併症が進行してしまいます。残念ながら現在糖尿病と診断されていても医療機関を受診していない人や、受診を中断してしまっている人は少なくありません。糖尿病と診断されたら症状がなくても必ず医療機関を受診し、その後も生涯にわたって受診を続けることが必要です。

糖尿病の合併症

画像:イラストACより

糖尿病の慢性合併症は細かい、小さな血管が障害を受けて起こる「細小血管合併症」と太い血管である動脈が障害を受けて起こる「大血管合併症」に分けられます。

細小血管合併症には

  • 糖尿病網膜症(眼底出血、視力障害)
  • 糖尿病腎症(たんぱく尿、腎不全)
  • 糖尿病神経障害(手足のしびれ、立ちくらみなどの自律神経障害など)

があり、糖尿病の3大合併症といわれます。神経、網膜(眼)、腎臓で「し・め・じ」と覚えて下さい。

大血管合併症には、

  • 狭心症や心筋梗塞(冠動脈疾患)
  • 脳梗塞や脳出血(脳卒中)
  • 末梢動脈疾患(下肢など)

があります。これらの疾患は「動脈硬化性疾患」とも呼ばれ、糖尿病でない人にも起こりますが、糖尿病患者さんではそのリスクが2倍から3倍高くなると言われています。

画像:AdobeStockより

「動脈硬化」には糖尿病(高血糖)だけでなく、高血圧、脂質異常症(コレステロール、中性脂肪)、肥満、喫煙なども関わるため、血糖値だけでなくその他の危険因子もしっかりコントロールすることが重要です。

また糖尿病患者さんでは、神経障害や末梢動脈疾患により、足の傷から潰瘍や壊疽などを起こしてしまうことがあります。普段からご自身の足をよく観察し、気になることがあればいつでもスタッフにご相談ください。

その他、糖尿病患者さんでは歯周病、骨粗鬆症、認知症、悪性腫瘍(がん)、サルコペニア(筋量と筋力の低下)、フレイル(虚弱)などの疾患も併発しやすいことが知られており、健診(検診)を含めた定期的な全身の健康チェックをお勧めしています。

 

血糖コントロール目標

まずは合併症の発症・進展を予防するためにHbA1c 7%未満が目標です。

ただしその方の年齢や合併症の状況などにより、最終的な目標値は個々の患者さんで異なります。

 

また、糖尿病を治療する最終的な目標は、「血糖値を下げること」ではなく、皆さまに「合併症の発症や進展を予防して、健康な人と変わらない寿命(健康寿命)、そして健康な人と変わらない人生を送っていただく」ことにあります。

そのためには、血糖値だけを見るのではなく、その他にも合併症の危険因子となる血圧、脂質、体重などについても適切にコントロールを行うこと、そして喫煙をしている方では禁煙も重要となります。糖尿病患者さんの、血圧、脂質、体重のコントロール目標は以下のようになります。

  • 血圧:収縮期血圧 130 mmHg未満、拡張期血圧 80 mmHg未満
  • 血清脂質
    • LDL(悪玉)コレステロール:100~120 mg/dl未満(冠動脈疾患の既往のある方では70~100 mg/dl未満)
    • HDL(善玉)コレステロール:40 mg/dl以上
    • 中性脂肪(トリグリセライド):150 mg/dl未満
    • Non-HDLコレステロール:130~150 mg/dl未満(冠動脈疾患の既往のある方では100~130 mg/dl未満)
  • 体重:目標BMI 22~25 kg/m2

これらの目標値についても、ご年齢や合併症の状況などを考慮しながら、最終的な目標値は一人一人の患者さんに合わせて決定します。

 

糖尿病は治らないの?

糖尿病は、ポリープのように取って治るような病気ではなく、「うまく(上手に)付き合っていく」病気です。

それではなぜ糖尿病は治らないのでしょうか。

糖尿病患者さんでは膵臓のβ細胞の量が減っている(β細胞の数が少なくなっている)ことが知られています。

β細胞が糖尿病患者さんで減ってしまう理由についてはまだはっきり分かってはいませんが、おそらくβ細胞の「働き過ぎ」が原因ではないかと考えられます。そもそもβ細胞は膵臓の中に散らばって存在していますが、すべてのβ細胞を集めてもたったの1グラム程度の小さな臓器です。この小さな臓器が、全身の血糖値を毎日毎日24時間365日調節しているのです。

β細胞は血糖値を正常に保つために24時間インスリンを分泌しています。ところが肥満やインスリン抵抗性があると、β細胞は血糖値が上がらないようにさらにたくさんのインスリンを分泌しなくてはならなくなります。その結果、肥満やインスリン抵抗性はβ細胞に負担をかけることになり、そういった状態が長く続けばβ細胞は働き過ぎからやがて「疲弊」し、最終的にはいわゆる細胞の「過労死」を起こしてしまうのではないかと考えられます。

職場でも同僚が働き過ぎによる過労で休んでしまうと残った人たちの負担はさらに大きくなってしまいます。β細胞もいったん減り始めると、残ったβ細胞の負担はさらに大きくなり、悪循環に入ってしまいます。実際、β細胞の機能は、2型糖尿病と診断される何年も前から徐々に低下しており、糖尿病になってからも年々低下していくことが知られています。このことから2型糖尿病は「進行性の病気」であるとも言われます。

ですので、現在の医療では残念ながら糖尿病を治す(完治する)ことは困難ですが、食事療法、運動療法そして必要な場合には薬物療法により、なるべくβ細胞の負担を減らしてあげることで、残ったβ細胞を大事に守り、機能を回復させることは可能です。「働き方改革」が叫ばれる昨今ですが、われわれヒトと同じように、現代社会において過食や運動不足で常に過労気味となっているわれわれ自身の1つ1つのβ細胞にも「働き方改革」が必要なのではないでしょうか。

普段の生活から、ご自身のβ細胞の「働き過ぎ」を意識することで、食生活や運動習慣が少し変わるのではないでしょうか。日々の食事や運動に少しずつ気を配り、β細胞を大事に守ることが、血糖のコントロールを良好に保ち、合併症の予防につながります。つまり、糖尿病と「上手に付き合う」とは「β細胞を大事にする」ということなのです。

現在、ご自身のβ細胞の量を直接測定することはできませんが、血中のインスリンやCペプチドと言われる数値を測定することでβ細胞の機能や量をある程度評価することができます。

 

糖尿病の治療

糖尿病の治療の基本は食事療法と運動療法です。食事療法と運動療法は車の両輪と言われ、どちらか一方だけでは不十分で、合わせて行うことが大切です。ただ、食事療法、運動療法という言葉は、医療者側からやや押し付けるようなニュアンスや「食事制限」といったマイナスのイメージもあることから、私は食事療法と運動療法を合わせて「生活習慣の調整」と呼んでいます。

 

生活習慣の調整:食事療法

食事療法で大切なことは、

  • カロリー
  • 3大栄養素(炭水化物、タンパク質、脂質)のバランス

です。

適正な一日の摂取カロリーは患者さん一人一人で異なりますので、具体的な食事の内容については管理栄養士とともに相談していきましょう。糖尿病の食事療法は、「食事制限」「病気の食事」ではなく、「健康食」「長寿食」であり、すべての人にお勧めできる食事です。

生活習慣の調整:運動療法

運動には血糖値を下げるという効果だけでなく、続けることで内臓脂肪の減少、血圧、脂質、尿酸、肝機能などの数値の改善も期待できます。また筋力増強、柔軟性の増加(サルコペニアの予防)、心肺機能の改善、骨粗鬆症の予防に加え、ストレス発散や認知症の予防効果なども知られています。したがって運動は健康寿命を延ばす上でとても大切です。

一般に、軽度から中等度の有酸素運動(ウォーキングやジョギングなど)を、1日30分以上、週5日以上ということが糖尿病の患者さんでは勧められています。また筋力維持・増強効果のあるレジスタンス運動(筋力トレーニング)も組み合わせて行うのが効果的です。ただし合併症の状況などにより運動が禁止される場合もありますので、運動を始める前には一度医師のメディカルチェックを受けて下さい。

また、普段運動をされていない方は、いきなり30分運動するのは大変ですので、まずは今より10分多く体を動かすということから始めて下さい(プラス10運動と言います)。座りっぱなしの時間を減らすだけでも身体活動量のアップにつながります。

 

ルー大柴さんのGymGym体操

現在さまざまな体操のビデオがありますが、大事なことは楽しく継続できることです。

この度、ルー大柴さんがGymGym体操を考案し、私も医学監修として参加させて頂きました。GymGymというのは「頭と身体の両方のエクササイズ」という意味で、プログラムの途中には頭の体操(クイズ)もあります。下肢や体幹を中心とした運動で、転倒防止などに効果的です。ノリノリの音楽に合わせてあっという間の7分間で、子供から大人まで一緒に楽しめます。終わった後は頭も体もすっきり!体を動かすきっかけとして頂ければ幸いです。

ルー大柴のGymGym クイズありVer. 医師が監修!生活習慣病予防エクササイズ - YouTube

クイズの部分を自分でアレンジできる「クイズなし Ver.」もあります。

ルー大柴のGymGym クイズなしVer. 医師が監修!生活習慣病予防エクササイズ - YouTube

 

薬物療法

生活習慣の調整を行っても血糖や体重のコントロールが不十分な場合、薬物療法を考慮します。

薬物療法も、できるだけβ細胞の負担を減らし、良好な血糖コントロールが長期にわたって維持できることを目標に、患者さん一人一人と相談しながら最適な治療法となるよう調整します。

糖尿病のお薬

糖尿病のお薬には2023年12月現在、以下のものがあります。

1)インスリン分泌非促進系
(膵臓からのインスリンの分泌を増やさずに血糖値を下げるお薬です)
  • ビグアナイド薬:主に肝臓での糖の産生を抑えます
  •  チアゾリジン薬:脂肪細胞に作用して骨格筋・肝臓でのインスリン抵抗性を改善します
  •  α-グルコシダーゼ阻害薬(α-GI):腸管での炭水化物の分解・吸収を遅らせることで食後の血糖上昇を抑えます
  •  SGLT2阻害薬:腎臓でのブドウ糖再吸収を阻害して尿中へのブドウ糖の排泄を促進します
2)インスリン分泌促進系
(膵臓からのインスリンの分泌を増やして血糖値を下げるお薬です)

インスリン分泌促進系の薬剤は、さらに①血糖依存性(血糖値に応じてインスリン分泌を促進する)と②血糖非依存性(血糖値に関わらずインスリン分泌を促進する)のお薬に分けられます。

①血糖依存性

  • DPP-4阻害薬:腸管ホルモンであるGLP-1とGIPの分解を抑制し、血糖依存性にインスリン分泌を促進、グルカゴン分泌を抑制します
  • GLP-1受容体作動薬:GLP-1作用の増強により血糖依存性にインスリン分泌を促進しグルカゴン分泌を抑制します。また食欲の抑制を介した体重減少作用があります
  • 持続性GIP/GLP-1受容体作動薬(チルゼパチド):GIP/GLP-1作用の増強により血糖依存性にインスリン分泌を促進しグルカゴン分泌を抑制します。また食欲の抑制を介した体重減少作用があります
  • イメグリミン:血糖依存性にインスリン分泌を促進するとともに肝臓や骨格筋でのインスリン抵抗性を改善します

②血糖非依存性

  • スルホニル尿素(SU)薬:直接β細胞に作用し、インスリン分泌を促進します
  • 速効型インスリン分泌促進薬(グリニド薬):SU薬よりもより速やかなインスリン分泌の促進により食後高血糖を改善します
3)インスリン製剤
(体内に不足したインスリンを補います)

インスリン製剤にはさらに以下の製剤があります。

  • 基礎インスリン製剤(持効型溶解インスリン製剤、中間型インスリン製剤)
  • 追加インスリン製剤(超速効型インスリン製剤、速効型インスリン製剤)
  • 超速効型あるいは速効型と中間型を混合した混合型インスリン製剤
  • 超速効型と持効型溶解の配合溶解インスリン製剤

 

また、その他に複数の薬効成分を1つの薬品(錠剤または注射液)の中に配合した配合剤もあります。

このように、現在糖尿病のお薬にはさまざまな作用のものがあり、さらに開発中の薬剤も多くあります。それぞれのお薬には作用や副作用の違いだけでなく、剤型(内服か注射か)、服薬回数(1日3回から週1回まで)そして価格(薬価)などにも違いがあり、それらの違いを踏まえた上で患者様の生活スタイルや好みもお聞きしながら、患者様一人一人に最適なお薬を選択していきます。

 

新型コロナと糖尿病

新型コロナウィルスへのかかりやすさは糖尿病患者さんと糖尿病でない人で変わりありません。ただ、新型コロナウィルスに感染した場合、重症化してしまうリスクは糖尿病の患者さんでは糖尿病でない人に比べて2倍から3倍高いことが報告されています。特に、血糖値のコントロールがよくない患者さんで重症化のリスクが高いことが報告されており、withコロナの時代において血糖値のコントロールは非常に重要です。

新型コロナウィルスは社会全体に大きな影響を与えていますが、糖尿病診療においても例外ではありません。

ステイホームによる、いわゆる「コロナ太り」と言われる、体重の増加などで血糖値のコントロールが悪くなってしまう患者さんが増えています。しかしその一方で、血糖値や体重の良いコントロールを維持している患者さんや、むしろ改善する患者さんもいます。

血糖値や体重が増加してしまう理由としては、

  • ステイホームによるいわゆる「コロナ太り」
  • 運動不足(身体活動量の低下)
  • 間食が増えた
  • 酒量の増加
  • 不安
  • ストレス
  • 睡眠不足
  • 受診控え
  • 治療中断

などがあります。特に感染を恐れての受診控えや治療中断は血糖コントロールの急激な悪化を来し危険ですので決して治療は中断しないで下さい。

 

一方で、血糖値や体重が改善した患者さんにその理由を聞くと、

  • テレワークなどで会食・外食が減った
  • 付き合いのお酒が減った
  • 運動の時間ができた
  • 時間に余裕ができて生活リズムが改善した
  • 規則正しく3食とれるようになり薬の飲み忘れが減った
  • 新型コロナで体調管理への意識が高まった

などがその理由であることが分かりました。

 

したがって我々医療従事者は患者さんになるべく上の<悪化する要素>を減らして、下の<改善する要素>を増やして頂きたいと思っています。

ただ、上の<悪化する要素>の根底にあるのは、やはり「感染への不安」「仕事、生活の変化への不安」といった漠然とした不安なのではないでしょうか。

こうした不安を我々医療従事者だけで解決することは困難かもしれません。でも、このような不安な時代だからこそ、もう一度基本に立ち返ることも重要ではないかと思います。

いつも決まったことを行うことを「ルーチン」と言います。元ラグビー日本代表選手の五郎丸選手が、キックの前にいつも独特のポーズをとっていたのも「ルーチン」です。五郎丸選手はこの「ルーチン」を行うことで、緊張や不安を和らげ、集中力を高め、最高のパフォーマンスを発揮していたのだと思います。「ルーチン」にはこのような、不安を和らげ、安心感を高める効果があります。

新型コロナウィルスによる不安の時代、変化の時代だからこそ、日常生活の中で「ルーチン」を作ることで少しでも不安を和らげ、安心感を高めることができるのではないかと思います。まずは一日の中で決まった時間に体を動かすなど、できることから始めましょう。実際に血糖値や体重が改善している患者さんは、生活習慣の改善による「ルーチン」の効果を実感することで、そうしたよい生活習慣がうまく継続できているのではないかと思います。

 

先人の知恵

健康長寿の秘訣については先人たちから学ぶことも多いです。

 

「腹八分目」(貝原益軒(1630-1714年)「養生訓」より)

文字通り、満腹になるまで食べない、ということは皆さんご存知のことと思います。

でもこれは食事だけでなく、運動にも当てはまるかもしれません。

運動も、初めはついつい張り切って頑張りすぎてしまうものです。しかし頑張りすぎるとどうしてもだんだん「疲れ」や「つらさ」を感じるようになり、長続きしない原因になってしまいます。

運動も、「もうちょっとできるかな」「まだ足りないかな」と思うくらいで止めるのがよいかもしれません。そうするとまた次の日運動するのが楽しみになり、運動の継続につながるのではないでしょうか。運動も「腹八分目」です。

 

健康十訓(江戸時代の儒学者・俳人だった横井也有が作者とされる)
  1. 少肉多菜
  2. 少塩多酢
  3. 少糖多果
  4. 少食多齟
  5. 少車多歩
  6. 少衣多浴
  7. 少煩多眠
  8. 少怒多笑
  9. 少欲多施
  10. 少言多行

 

まさに現在にも当てはまる健康法と言えます。

世界中の人に知ってもらいたい日本人の知恵だと思い、英語に訳して発表させて頂きました。

“Ten tips for healthy longevity” Diabetes and Endocrinology 2018;1(1):5

Ten Tips for Healthy Longevity - SciTeMed Publishing Group

 

成功の「秘訣」

私がこれまで患者さんから教えて頂いた楽しく食事療法を続けるための「秘訣」です。

成功体験を共有することで、ひとりでも多くの方が食事療法を楽しく続けることができることを願います。

適宜、更新していきたいと思いますので、是非皆様の成功の「秘訣」をお教えください!

  • まずは食事のカロリーを意識する
  • カロリー表示のあるものは必ず見る
  • 表示のないものはカロリーを考える
  • 1日よりも1食のカロリーを目安に(1日1800kcalなら1食600kcal)
  • うす味に慣れる
  • 食べてはいけないものはない
  • 野菜から食べる
  • ウサギになったつもりでムシャムシャ野菜を食べる
  • ゆっくり食べる(1口20かみ)
  • お米は一口を少なめに
  • よく噛んで味わって
  • 外食や弁当はバランス良く残す(たとえば1000kcalの弁当なら全て6割)
  • 腹7~8分目
  • 1日80~100kcalずつ減らしてみる
  • 糖入り飲料は飲まない
  • 「今日は低糖質」でよい
  • 「特別な日」をつくる
  • 飲酒は適量
  • 体重を毎日測って記録する
  • 座っている時間を減らす
  • なるべく歩く
  • エスカレーターよりも階段
  • 食事も運動も「腹8分目」
  • お腹がちょっと減ってるくらいが一番健康だと思う
  • 残すことに罪悪感を(必要以上に)感じない(無理して食べて自分の体に余計な負担をかけるのも「もったいない」のでは?)
  • 口に入れる前に「本当に必要か」もう一度自問自答してみる
  • 自分の体に関心を持つと、生活が変わる
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